あの人この人の人生 7
シャネルは捨てられた女ではなく、捨てた女でなければならず、公爵夫人は何人もいるが、シャネルはただひとりという伝説はこうして生まれるのです。
「あたしは無為で富みすぎている退屈さにうんざりしていた。10年間、彼の望むことはなんでもした。しかし譲歩したからといって女は卑下はしない。いつ去るべきかはいつも心得ていました。ただそれはすぐにというわけにはゆかず、幾月かいや幾年かが過ぎてはいった。それでも、いつかはこの男から去ってゆく自分を知っていたのだ・・・」
のちにポール・モランに語ったシャネルの言葉は、真実と嘘がいりまじりながらも、心情的な真実はほのめかしています。
苦い思いを噛みしめながら、表面ははなやかに社交生活をつづけていたのが、1929年、30年のシャネルでした。